私達は、いずれ必ず「死」を迎えます。少しでも長く生きたい、生きていて欲しいという患者や家族の希望もありますが、不必要な処置や植物状態で生命を維持していくことが幸せな人生の最後とはいえないケースもあります。
肝臓がんで亡くなった有名な俳優、石原裕次郎氏でさえ、病院で非常に残念な死を遂げたといわれています。病院生活が嫌で自宅で療養したいと希望し、いつ退院をしても良い体制が家に整えられていたにもかかわらず、退院の許可が下りず、病院で最後を迎えました。このように、在宅医療がまだまだ理解されていなかった頃は、快適な場所で、家族や仲間と満ち足りた時間を過ごしながら看取られることが難しい状況でした。
しかし、最近では、いろいろな場所や方法で、患者や家族が満足できる最後を迎えることができたケースも少なくありません。例えば、食べることが大好きだった患者の場合、家族は体のむくみを取るために入院させると、管で食事を摂ることになるため、本人の残りの人生の楽しみを考え、グループホームでの「ターミナルケア(治る可能性のない末期患者が延命のための治療よりも身体的、精神的な苦痛を和らげ、残された人生を充実させるケア)」を選択しました。おかげで患者は、体のむくみが出ても箸を使って口から食事ができると喜んでいたようです。この患者は、特に何も治療を行わず、今までと同じ生活の香りに包まれて暮らし、最後まで重苦の感情がなかったそうです。家族は、患者の残された日々が人間らしく素晴らしいものだったと感謝していました。
繰り返しになりますが、上記のケースのように、医療に大切なものは、患者を思う「心」がそこにあるということが大切です。この部分がしっかりと理解されていないと、医療の発展にも繋がっていきません。特に、原点ともいえる在宅医療は心の医療で、医療従事者が患者の心に寄り添い、幸せな環境作りが不可欠な医療です。現在では、安全に扱える器具なども多く、自宅での症状緩和も行いやすくなっています。そのため、まだまだ日本では「在宅での看取り」について十分ではない部分も多くありますが、自分や家族の最後をどのように全うしていくことができるかを、今からでも考えておく必要があります。
最後になりますが、私達も元気な内から自分の人生をどのように作っていくか、最後はどのように幕を下ろすか、どのように看取られたいか、看取りたいかを自分だけでなく、家族や主治医、周囲の人達と考える時期になってきているといえます。このような心の準備が、幸せな最後を迎えることに繋がっていきます。